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東北3県の
アルミ建材回収

MOVIE

あの日の想い、今の想い

  1. MOVIEあの日の想い、今の想い
  2. 1.0震災当時について
  3. 1.1モニュメントとしてカタチを変えて未来へ
  4. 1.2仮設住宅のアルミ建材の回収
  5. 1.3想いを届け続けた下妻工場でのアルミ再生

1.0

震災当時について

2011年の東日本大震災。その傷は大きく、未だに深い爪痕が残る場所も見受けられます。震災直後、LIXILは全国から被災地へ社員を集め、住宅設備メーカーとして仮設住宅に窓やドアのアルミ建材を提供するなど、被災地の1日も早い復旧を願って住まいという分野から復興支援して参りました。

「津波にのまれていく人々の『助けて』と叫ぶ声を聞いた」、「自宅の屋上に避難して、夜通し不安な想いで過ごしたのが忘れられない」、「いつまた地震や津波が来るか不安で、連日洋服のまま靴を履いて寝ていた」、「ガレキの撤去をするだけで3年間の時間を費やした」など、想像を絶する体験をしながらも、同じく被災した人々を元気づけるために行動を起こした方々がいました。そして、そんな方々の地域を挙げての前向きな取り組みや温かい笑顔の裏側には、8年経った今でもそれぞれに抱えるさまざまな想いがあります。

1.1

モニュメントとして
カタチを変えて未来へ

震災から8年が経ち、その役目を終え解体される仮設住宅が増えてきました。住んでいらした方からは、「仮設住宅に移った当時、初めて前向きに考えることができた、希望を持つことができた」という声を聞くことができました。仮設住宅を退去するにあたり、新たな第一歩を踏み出す喜びと同時に、避難生活を送り多くの思い出が詰まった場所への愛着から、別れを惜しむ声も少なくないそうです。

仮設住宅に住んでいた方はもちろん、建設に携わった自治体や建設関係者、ボランティアなどたくさんの人の、それぞれの想いが全ての仮設住宅に残されています。

LIXILは被災された方の生活と共にあった仮設住宅の再生アルミを、“想いをつなぐモニュメント” の素材として提供することで、たくさんの想いをカタチにして残し、未来へとつないでいきたい。そう願っています。

1.2

仮設住宅のアルミ建材の回収

モニュメントの素材となる、仮設住宅のアルミ建材の回収にあたっては、まずは岩手県・宮城県・福島県の各県庁に伺い、アルミ建材再利用の後押しをいただくことから始まりました。自治体のみなさまには「復興オリンピック・パラリンピックを象徴するものに生まれ変わらせたい」という想いに快く了承いただくことができ、また現地の解体業者のみなさまにも、通常とは異なる作業で手間がかかるにも関わらず「復興のためになるなら」とご賛同いただけたことから、順調に解体作業・回収を進めることができました。ご協力いただいた方々の復興に対する強い想いと厚いご支援があって、回収作業が実現しました。

1.3

想いを届け続けた
下妻工場でのアルミ再生

仮設住宅から回収された窓などのアルミ建材は、異物が除かれ、取り扱いやすいようにプレスされた後、茨城県にあるLIXIL下妻工場に送られ、そこで熔解し再生されました。下妻工場は、原材料からアルミ合金の鋳造・押出・表処・加工を一貫して行える、アルミサッシ建材の生産拠点です。東日本大震災では人的被害はありませんでしたが、鋳造工程・表処工程で大規模な損傷がありました。まだ余震が続き、電気も止まる中、震災の翌日より復旧対応と生産供給を迅速に進めました。当時、下妻工場で生産されたアルミサッシは、東北で被災された方のための仮設住宅に使用されました。そして今回、“想いをつなぐモニュメント” の制作のためにその一部が回収され、再び工場に戻り再生されました。

“想いをつなぐモニュメント”とは?

被災地から世界へ。世界から被災地へ。

私たちLIXILは、東京2020組織委員会、東京都、東京藝術大学、岩手県、宮城県、福島県と共に復興のシンボルとなる「東京2020 復興のモニュメント」プロジェクトに取り組みます。
東日本大震災での役割を終えた仮設住宅の窓などのアルミ建材を回収・再利用し、モニュメントの素材として再生アルミを提供します。復興のシンボルとなるモニュメントにたくさんの想いを込め、未来へ残していきます。