宇式伸介さん、菜穂子さん夫妻 水と暮らしの関わりを
インタビュー!

飲食店と宿泊施設のマネージメント
10年前に思い描いたことが今の形に

宇式伸介さん株式会社Voyagers 代表取締役
宇式菜穂子さん株式会社Voyagers ディレクター

宇式伸介さん、菜穂子さん夫妻
インタビュー後編

大学時代からの同級生だった宇式伸介さん、菜穂子さん夫妻。急成長中のリゾート運営会社で猛烈に働いたふたりは、互いに高め合うライバルであり、最強の同士でもある素敵な関係です。レストランThe Gazeboを経営しながらも、「いつかは小さなB&Bを営みたい」という思いは、10年目になる葉山での暮らしの中でどのように変化してきたのでしょう。

旅が好き、海が好き、島が好きという点でも、伸介さんと菜穂子さんには揺るぎない繋がりがある。そんなふたりが葉山に家を建てることになったのは、偶然であり必然だったのかもしれない。憧れ過ぎて敷居が高く、候補にさえ上がっていなかったこの土地を不動産業者の案内で訪れ、「絶対、ここ!」という菜穂子さんの言葉で決定した。すでに決まっていた契約をキャンセルしての決断だったが、伸介さんは長年の付き合いの中で「彼女が言うなら」とその直感の実績を信じた。「そのときは言葉で説明できなかったのですが、ここで暮らしているイメージができたからだと、今はわかります」と菜穂子さんは言う。

本気の覚悟をもって取り組むなら

「葉山は島っぽい雰囲気が居心地良いんです」と語る伸介さん。自然豊かなカントリーライフが身近にある一方で、心の底から一緒に楽しめる仲間との出会いもこの土地の魅力だと続ける。さまざまな経験をして来た人々、ユニークな個性、それぞれの意識の高さが暮らしに反映されている。「つかず離れずの良い関係の中で、精神的な繋がりも生まれました」と。住む場所の重要性をつくづく感じている。自宅はOFFの時間を過ごす場所。ONの場である店は誰でもが気軽に立ち寄ることができる。「葉山での10年は、家族を含めてみなさんのお陰で、想像以上に楽しく、うまくやって来られたと思います」とふたりは感謝の気持ちを語る。

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The Gazeboは飲食店として機能しながらも、巷で話題のリゾート運営会社で働いていたというふたりのキャリアを耳にした宿泊施設や不動産業者から、管理やマネージメントの仕事の依頼が入ってくる窓口にもなった。もちろん前職からのつてもある。プロジェクトに真摯に取り組む前提として、「宿泊運営に関しては、僕たちなりのプライドがあるんです」と伸介さんは言う。

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「宿泊施設はお客様の命を24時間預かる事業だから、本気の覚悟をもって取り組まないと運営できない。ビジネスとしてだけやって簡単に儲けの出るものではない。死ぬ気でやる覚悟のあるお話ならお手伝いします」と信条を話してくれた。勤めていたリゾート運営会社で、年に一度行われる全身全霊をかけた「全力の避難訓練」で培った思いだと話すが、泊まる側としては、まさにそんな宿を選びたいと思わずにはいられない。

自分たちの世界観を強みに

「大手リゾートができることをやっても負けてしまう。小さいからこそコンセプトの立ったものができる。ほかがやらない特殊な宿泊施設をお手伝いしたい」と言う菜穂子さん。その根底には「好きなことをつきつめるという自分たちの世界観が、人生において強みになっている」という自信がある。手がけた奄美大島、葉山、北海道のプロジェクトは、そのいい例なのだろう。ふたりは「全国の地方のお手伝いができたらいい」と声を合わせる。人々の暮らし方、生き方が変わりつつある世の中で、地方創生の可能性を実感しているからだ。

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同時に開発する側の責任に関しても、クリアな目線で物語る。たくさん人を呼べば潤うというものではなく、土地の人の暮らしを尊重し寄り添うことが大切だと。お金を払っているからという考え方ではなく、マナーをお客様に伝えることも含めて宿泊施設のあり方を考えなくてはならない。「島のホテルの開発の場合、上水や下水のキャパシティなど、水は大きな問題になります」。当たり前に蛇口から出てくる水が、当たり前ではないということも、さまざまな土地での施設に携わったからこそわかるのだろう。

朝の一杯の水が大切

軽井沢の地下水を汲み上げた水は、天然のミネラルウォーターでびっくりするほど冷たくて美味しかったけれど、硬水で出汁をひくには向いていなかった話。竹富島は海水を濾過した硬水で、軟水機を通さないとお茶本来の味が出せない話。以前住んでいた都内のマンションでは、水道からぬるい水が出て来て気持ちが悪かったなど、菜穂子さんは水の話を続ける。「葉山の水道水はクセがなくて、汲み置きして1時間くらいすると匂いが気にならない」と伸介さん。ただし、最近タッチレスの浄水栓を自宅に取り付けて、日常の水の存在がちょっと変わった。

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菜穂子さんの朝は、一杯の水で始まる。「すごく大切です。眠っている間にカラカラに渇いた体には良い水を入れたい。それは常温でなくてはならない」という信念がある。浄水にして水の味が確実に美味しくなったことを喜び、それまで匂いがあったということに改めて気付かされたようだ。伸介さんも確かにそうだとうなづく。料理好きのふたりが、ストレスなく作業できるようにと大きくスペースをとったキッチンで、「どんなに遅く帰っても何かひとつは手作りのものを」と、味噌汁は必ず作る。担当は菜穂子さんだ。「出汁も浄水のほうが断然美味しいですね。味が濃く出ます」。タッチレス水栓の使い勝手は、「両手がふさがっていても、肘でもセンサーが反応してくれてすごく便利」だと。
正直で真っ当なふたりの話を聞いていると、人生のいい流れが入ってくることがごく自然のように感じられる。暮らしの上でのモットーは「楽しく生きて行くこと」。特に人を迎え入れる職業柄、重要なことだ。あうんの呼吸で話を続ける伸介さんと菜穂子さん。ぶつかることもあるけれど、喧嘩ではなく「ディベート」だと笑う。

The Gazeboは、「東屋あずまや」という意味。いろいろな人が集まる場所にしたいという思いでつけた名前は、その通りの場となった。来年で10周年。節目であり、過渡期でもあると志を新たにするふたり。彼らの「小さなB&B」がいつか葉山にできることを楽しみに待ち続けたい。

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撮影/名和真紀子 取材・文/山根佐枝 取材日/2021年8月5日
土屋由美

宇式伸介うしきしんすけ
宇式菜穂子うしきなほこ

共に1977年生まれ。
日本大学生物資源科学部海洋生物資源科学科の同級生として出会い、卒業後はそれぞれに就職しキャリアを積む。伸介さんは2006年に、菜穂子さんは2007年に星野リゾートに入社。在職中に結婚。独立したのち2012年より葉山のFish&Chips専門店「The Gazebo」を夫婦で営む。株式会社Voyagersの代表取締役とディレクターとして、小規模ホテルの管理業務、コンサルティング業務、マネージメント業務などを手がける。