北アルプス・立山連峰が優雅に横たわる富山県。標高3,000m級の山々に冬の間に降り積もる雪が、豊かな水源のひとつだという。その雪溶けの水や雨水は森に蓄えられ、花崗岩を含む厚い地層でろ過され、長い時間をかけて湧き水となる。夏でも冷んやりとした、清冽な水だ。ミネラル豊かな水は、平野に広がる田んぼや畑を潤し、滋養豊かな農作物を育てる。
こだわらなくても、あるのが普通

育美さんが富山のものにこだわる理由は特にはない。それが自然なことだから。「いつも周りに新鮮な野菜があふれているんです。田舎だから、わざわざ取り寄せなくても、あるのが普通。近所のおじいちゃんの無人の販売所や直売所で野菜を買います。どうしようもないときはスーパーにも行きますよ」とてらいのない様子で語る。
浄水に変えて、改めて気づいた

ただひとつ、突出しているのは五感の繊細さ。それは舌だけでなく、肌で感じるものに対しても共通している。水の話をしていて、カルキの話題になると、飲むこともそうだけれど、髪の毛がとても気になると話し始めた。「キューティクルの間に入り込むカルキが、髪にも影響するから」嫌なのだと。自宅は立山を望む開けた土地にあり、湧き水を汲みに行って飲料水にすることもある。それだけ水を大切に生活している育美さんは、古民家をリノベーションした際、風呂にも浄水シャワーを付けたかったけれど、まずは水道管のサビなどを懸念して、キッチンに浄水器を付けてみた。それが良かったのでカフェのキッチンにも浄水器を付けたと話す。

カフェを浄水に変えてみて、改めて気付いたことがあった。「それまでの水でも十分においしいと思っていたのですが、やっぱりちょっと違う。ご飯の味も甘くなりました」と嬉しそう。米は洗う時の水ももちろん浄水を使う。「いちばんはじめに米が吸い込む水だから重要だ」と、真剣な眼差しになる。カフェの外には、花屋のように植物の鉢が並び、地植えされたローズマリーやミントも育っている。花ばさみでいくつか切ってきて浄水で洗い、ガラスのジャーに入れて蛇口から水を注ぐ。野菜やフルーツを入れたデトックスウォーターも浄水にしたことで、前とは違うやわらかい味になったと言う。
料理の根底にあるおおらかさ

HOMEkitchenは、ライブハウスのような場所でもあり、マルシェなどのイベントを開くこともできる天井の高い広い空間。月に何度かは、東京をはじめ、地方の人気アーティストが巡業のようにこのカフェを訪れる。以前、ライブのあとの関係者の打ち上げのような場にお邪魔する機会があった。ライブ中の営業で、お客さんへの料理を出していて大忙しだった育美さん。終わると同時に、今度はスタッフのパーティのための料理を始めた。その数20名以上。出来上がった料理を運びながら、「これフキ味噌、私がつくったんよ」とか、「地元で採れた山菜を煮てあるから、食べて」と。普段カフェで出す料理に加えて、その時期の土地のものをすすめてくれる。それがほんとうに旬ならではの味わいで、懐かしさに思わず箸がすすむ。聞けば、子供の頃、母が仕事で忙しかったため、育美さんは祖父母と暮らしていた。祖母が料理上手だった影響を受けて、昔ながらの家庭料理も肌に染み込んでいる。話に一段落したあと、「これ、ばあちゃんが作った干し柿、よかったら」と出してくれた。その味は、優しく、おおらかで、育美さんの料理の根底にあるものを彷彿とさせた。
「食を通して、何か伝えたいことは?」と聞くと「自分のカラダとか、家族のカラダとか、そんなん考えると、なんでも好き嫌いなくバランスよく食べてもらえたらいい。肉ダメとかではなく肉も適当に食べてもらえたら」と。当たり前のようであって、心とカラダのコアな部分に響く言葉。「育美さんの話を聞いているだけで元気になる。また明日頑張ろうと思えます」と伝えると、「私と会話するのが好きで来てくれる人も多いと思いますよ」と、冗談とも、本気ともとれない独特の口調がまた気負いない。育美さんの料理の人気の秘密は、実はそこにもあるのかもしれない。
撮影/名和真紀子 取材・文/山根佐枝
取材日/2019年11月12日