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ものづくりLAB

「Omoiiro™」から広がるタイルデザインの可能性──2つの事例から読み解く

アレクシー・アンドレ(Omoiiro 開発者、アーティスト、株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所研究員)
丹羽 浩之、加古 ひとみ(デザイナー/有限会社ヴォイド)

Omoiiro(オモイイロ)」は、株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所(以下、ソニーCSL)研究員のアレクシー・アンドレさんが開発したカラーパレット抽出システム。写真や絵などから配色を自動的に抽出してカラーパレットを生成する技術です。その「Omoiiro」を使い、タイルの特注デザインに取り組んだ2つの事例(アーティスト/研究員、デザイナー)のインタビューを通じて、タイルデザインの可能性について考えていきます。

ソニーCSL 東京オフィス
ソニーCSL 東京オフィス / 東京都品川区 / デザイン:アレクシー・アンドレ(Omoiiro 開発者、アーティスト、ソニーCSL研究員)

オフィスのラウンジ壁面に「Omoiiro」タイル。企業ロゴや立地する御殿山の緑多い都市空間をモチーフに「Omoiiro」開発者であるアンドレさんが自らデザイン。

豊田合成記念体育館 レストラン「& tresse」
豊田合成記念体育館 レストラン「& tresse」/ 愛知県稲沢市 / 設計:有限会社ヴォイド

レストランの柱にデザインされた「Omoiiro」タイル。稲沢市にゆかりの深い化石や地層、樹木などの画像を「Omoiiro」に取り込み配色やパターンを生成し、タイルをデザイン。

CASE 1 | ソニーCSL 東京オフィス 東京都品川区

アレクシー・アンドレ(Omoiiro 開発者、アーティスト、ソニーCSL研究員)
「Omoiiro」で生成した配色をタイルでどこまで表現できるかというチャレンジ

アレクシー・アンドレ(Omoiiro 開発者、アーティスト、ソニーCSL研究員)

個人の趣味で作った「Omoiiro」がイッセイ ミヤケのデザイナーとの出会いでデザイン的に価値のあるものだと気づいた

ー「Omoiiro」を開発したきっかけは?

「Omoiiro」は最初、個人的な趣味から生まれたコンピュータプログラムでした。昔から画を描くことが好きで、いわゆる絵具や色鉛筆を使った画ではなく、コンピュータ上で画を描くデジタルアートの分野でした。コードやプログラミングを使って様々なグラフィックやアニメーションをつくるものです。毎日、1作品を目標に描いているのですが、作品の色を考える時、コンピュータがランダムに選ぶ色だと気持ちが悪いと感じることがしばしばありました。

そんな時に風景写真など見ていて心地がよいと感じる画像をスキャンして、その画像に含まれる色を自動解析して、カラーパレットを作り出すシステムが作れないかと思って作ったものが「Omoiiro」の原形です。

縁あってそのシステムがイッセイ ミヤケのデザイナーの目に留まって、当時(2015年)のホリデーコレクションのデザインに採用されることになりました。コレクションはロンドン、ニューヨーク、パリ、東京の4大都市をテーマにしたもので、「Omoiiro」を使って、各都市の風景写真から色を抽出して、最終的にバッグやアクセサリーのデザインになりました。

ISSEY MIYAKE

© ISSEY MIYAKE INC.

ISSEY MIYAKE

© ISSEY MIYAKE INC.

ロンドンのバッグであれば、単なる赤ではなく、写真に写っている2階建てバスの赤となるのです。元画像から自動的にそして抽象化されたカラーパレットが作成されることで、デザインにストーリー性と説得力が出てくる。また、その色がデザイナーの作為ではなく、「コンピュータがはじき出した」という客観性を持つことでデザイナーにとってもデザインの幅が広がるという価値に気づきました。

このホリデーコレクションは反響があり、販売も好調だったと聞いています。このコラボレーションがきかっけに、システムに「色についての思い/想い」という意味で「Omoiiro(オモイイロ)」という名前を付けました。

ーLIXILタイルとのコラボレーションの経緯

イッセイ ミヤケのコレクションの時期にLIXILのものづくり工房から「Omoiiro」を使ってタイルデザインの研究をしましょうとお誘いをいただきました。一緒になって開発を進め、商品化にこぎつけたのが、DTLの『ファインストライプ』は、という商品です。その時にタイルと「Omoiiro」を組み合わせにおもしろさを感じたのは、タイル1つの形状やサイズはシンプルだが、組み合わせることで複雑なデザインも表現できるということでした。

ファインストライプ
ファインストライプ
ファインストライプ

ーソニーCSL 東京オフィスの2つの壁面タイルについて

【ラウンジ壁面】企業として顔になる、人を出迎える優しい空間に

オフィスの2階を全面改装することに伴い、そのエントランスとラウンジの2か所を「Omoiiro」を使ったタイルでデザインできることが予め決まっていました。最初はラウンジの方からデザインを決めていきました。デザインを決めるにあたっては他のソニーCSLメンバー含めて様々なアイデア出しを行いました。

会社所在地でものある御殿山のイメージ:大都市東京という都市空間にありながら、緑豊かで落ち着きのあるロケーション、ラウンジという来客などを出迎える空間性を踏まえて企業ロゴをデザイン要素として組み立ていきました。色についてはコンセプトにとてもよく合う風景写真(夕暮れの湖)をメンバーが撮影していたので、それを採用することになりました。ソニーCSL社員が撮影したということや、その風景写真の持つ夕陽のオレンジや湖の水面の深く沈んだ青などが、空間のイメージによく合いました。

実際に「Omoiiro」で抽出してみるとカラーパレットは心地良い配色になり、ラウンジによく合いました。ラウンジには外光がやわらかく差し込むので、その光ともマッチするようタイルも窓側から室内側に向けて色のグラデーションをかけるように工夫しました。

Omoiiro
カラーパレット
カラーパレット

© 2020 Sony Computer Science Laboratories, Inc.

タイルという素材の持つ色再現性の制約

タイルはエコカラットを使うことで、湿度のコントロールやニオイの低減など快適な空間を提供できると考えました。このエコカラットに色柄をデジタル施釉で表現するにあたっては、タイルの質感や窯での焼き具合によって、色の再現性に制約があることがわかりました。あまりに濃い色や彩度の高い色は発色しづらいということでした。普段、パソコン上でデジタルにすべてをコントロールしてものづくりしている自分としてはその感覚が新鮮でした。不満ということは全くなく、それならばその制約の中でどう工夫すればよいものができるかと考えることができました。

最終的には、制約を逆手にとって、カラーパレットを淡い色合いにアレンジしてバランスをとりました。出来上がった質感や淡い色のグラデーションは非常によく仕上がってよかったです。これが壁紙へのプリントではまた違った印象になったはずで、エコカラットならではの素材感の良さが出ました。この空間の優しい雰囲気を「Omoiiro」タイルが作ってくれたと思って満足しています。

【エントランスの六角形タイル】アーティスト個人として自由に表現した壁面

ラウンジに比べて、エントランスのタイルのデザインは苦労しました(笑)。こちらは企業人としての自分よりもアーティスト個人として制作してよいという空間だったので、自分好みのデザインをプレゼンしては、ソニーCSLの企業イメージや空間にそぐわないとのダメ出しをくらい、試行錯誤しました。最初からタイルの形は六角形でいきたいと思い、また、壁面が向かい合って2面使えたので、そこで何が表現したいかという発想で取り組みました。デザインパターンを飽きるほど試作し、「Omoiiro」を使ってカラーパレットを抽出しては、グラデーションを変化させたりしていました。

デザインを繰り返す中で、見えてきたのは、自分のクリエイティビティやソニーCSLのアイデンティティにも通じる「ゼロから何かを生み出す」というイメージでした。宇宙のビッグバンのように、中心から何かが爆発し、周辺へ広がり、呼応していく、その運動性をパターンや色、六角形タイルの組み合わせで表現できると思ったのです。

運動性をパターンや色、六角形タイルの組み合わせで表現
運動性をパターンや色、六角形タイルの組み合わせで表現
運動性をパターンや色、六角形タイルの組み合わせで表現
運動性をパターンや色、六角形タイルの組み合わせで表現

一つの写真から2つのカラーパレットを抽出してできた全く印象の異なるタイルデザイン

実はこのエントランスのタイルの配色に抽出した元画像はラウンジ壁面と同じ、風景写真(夕暮れの湖)です。ラウンジよりもパターンも色も濃いものになっていますが、タイルには転写紙を使うことで、端部までしっかりと色がのりました。転写紙はデジタル施釉と違って、一枚一枚手作業で貼っていくことになるので、そこでまた出来上がりのばらつきがいい意味で出てきました。LIXIL側では製造上のばらつきがどこまでが許与範囲かと苦労されたと思いますが、結果的には「Omoiiro」とタイルが両方活きた形になったと思っています。ひとつの写真からラウンジとエントランスで全く印象の異なるタイルになったのは達成感と喜びがありました。

タイルはデジタルのものづくりと違い、パソコンの画面を飛び出して、実物のサイズで触れることができ、ずっと何年も壁面として残るものです。そこにタイルデザインならではのおもしろさがあると今回わかりました。

※Omoiiroはソニー株式会社の商標および登録商標です。

CASE 2 | 豊田合成記念体育館 レストラン「& tresse」/ 愛知県稲沢市

丹羽 浩之(デザイナー/有限会社ヴォイド)
加古 ひとみ(デザイナー/有限会社ヴォイド)
「Omoiiro」はストーリー性のあるタイルをデザインする一助に

丹羽 浩之、加古 ひとみ(デザイナー/有限会社ヴォイド)

ー「Omoiiro」タイルを採用したレストランのコンセプト

レストラン「& tresse」は愛知県本社の豊田合成株式会社が稲沢駅前に建設した豊田合成記念体育館に併設されたレストランです。スポーツ施設でありながら、駅からすぐの立地という特長から、地域に開かれたカフェ的なレストランにしたいと思っていました。

店名についている「&」はキーコンセプトとなっていて、&には何かと何かをつなぐ、企業と地域をつなぐ、人と街をつなぐという意味を込めています。 店内の空間も様々な状況に応じて使いやすいように、いくつかの機能性を兼ね備えた空間で緩やかに区切っています。アイランドキッチンを中心に窓際で景色を楽しみながらソファでくつろげる席から、周りから一段高くし目線を変えた空間。グリルを楽しめる席、パソコンで作業もできる席、個室など様々にあります。照明や家具などのしつらえも空間毎にかえているので、何回か来店いただいても座る席によって印象がかわるようなお店にしています。

デザイン的にも豊田合成さんという企業色と稲沢という町のもつキャラクターを反映できるように考えました。内装は茶系や黒系の落ち着いた色調で、できるだけ自然素材を使ってデザインしています。これは稲沢が化石の出る町であり、銀杏で有名だということで、そこからイメージされる土や樹木のイメージをデザインのストーリーとして取り入れたいと思ったからです。

内装は茶系や黒系の落ち着いた色調で、できるだけ自然素材を使ってデザイン

ー「Omoiiro」タイルのデザインプロセス

「Omoiiro」はカタログに掲載のあるシリーズ(*DTL 『ファインストライプ』で存在は知っていました。すでにグラフィックの形状が決まっているものに色を「Omoiiro」を使って入れられるというものでしたが、今回は無理を言って色だけでなく形状も含めて自由にデザインさせてほしいという経緯で始まりました。 タイルを使う箇所は店内に2つある柱でした。建築の構造上どうしても出てきてしまう柱で、この柱が空間上、違和感がでないように、逆に言えば、特別なキャラクターが出せる場所になるようにと考えながらデザインしました。

社章の六角形をモチーフに広がるインテリアデザイン

店内のデザイン要素のキーとして六角形という形状がありました。この六角形は豊田合成さんの社章にもなっている炭素原子6個がつくる化合物「ベンゼン環」に由来しています。ベンゼン環は六角形の形態によって強固に安定しながら、結合する置換基によっては活性する化学物質と言われています。その強固なつながりと活性というイメージをさらに発展させて、六角形の線がさらに周囲へ伸び広がり、新たなつながりがうまれるようなデザインイメージを随所に取り入れました。床 や天井材にそのデザインモチーフを入れて、柱のタイルにも展開させようと思いました。タイルでそのようなグラフィカルパターンをゼロから作り上げ、色を「Omoiiro」で仕上げる。柱にストーリー性のあるデザインを持たせるには適した技法だと思いました。

豊田合成さんの社章
六角形の線がさらに周囲へ伸び広がり、新たなつながりがうまれるようなデザインイメージ

「Omoiiro」で表現したかったタイルの素地感と印刷のかすれ感が折り重なる風合い

「Omoiiro」でチャレンジしたのは、六角形のグラフィックパターンがきれいな直線ではなく、線の太さや色の濃淡がかすれたり、重なりあってレイヤーのようにバランスをとることでした。こちらからの要望やLIXILからの提案などで何度かやりとりして、最終的にはタイルの持つ素地の良さにしっかり合うデザインを作ることができました。かすれ感やレイヤーは稲沢の地層が伝えてくれる大地の重なりを表現できたと思いますし、色も樹木のグリーンなどは焼き上がり工程で淡くなってしまうことを何度か調整しながら、よいものが出来ました。立体感のあるパターンでありながらも、模様がのらないタイルの素地を見せる部分もあり、程よい凹凸感になりました。 最終的には400角サイズで4パターンのタイルを作りました。割り付けとしては床に近いタイルは地面をイメージした茶系の濃いものを配置し、そこから上は樹木を想像させるグリーン系のタイルにしました。

「Omoiiro」はデザイナーの恣意性やタイルの意外性を活かせるツール
「Omoiiro」はデザイナーの恣意性やタイルの意外性を活かせるツール
「Omoiiro」はデザイナーの恣意性やタイルの意外性を活かせるツール

「Omoiiro」はデザイナーの恣意性やタイルの意外性を活かせるツール

「Omoiiro」はAI的で、チョイスした色について「システムが選んだ色」と言うと、クライアント含めてデザイン決定の合意形成がとりやすいなと思いました。とは言え、恣意的に人間が決める部分もあります。例えば、色のチョイスは「Omoiiro」がはじき出しますが、そもそもどの写真や画像を「Omoiiro」で解析するかの決定は人間がしています。これは恣意的と言えます。また、「Omoiiro」が抽出するカラーパレットもいくつかの選択肢があるので、その中から、もう少しこの色を足したいなどのアレンジを加えるのにも人間の恣意性が入ります。
このようにシステムが全て決めているわけではないけれど、こういったシステムをデザイン決定のための1ツールとして使うことはデザイナーにとってはストーリーのあるクリエイティビティの一助になると感じました。

また、「Omoiiro」で作った色やデザインがタイルになる際には、タイルという自然素材の持つ不確定要素、窯の中で焼かれてみないとわからない、という意外性をポジティブにとらえてデザインを組み立てていくことで、タイルの面白さを引き出せるのではないかと思いました。

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