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ものづくりLAB

―タイル名称統一100周年企画―タイル製作の現場に聞く、復原タイルの魅力と可能性 第一回

タイル名称100周年を記念し、LIXILの「復原タイル」に携わる人々にインタビュー。復原タイルの今、建築における価値を語っていただきます。

建築の文化と技術、人々の思いを未来へつなぐ復原

写真左から、LIXILやきもの工房 芦澤忠さん、同社 常滑東工場 内藤剛史さん、近江化学陶器 岩﨑信さん、由松製陶所 村田由嗣さん、アカイタイル 赤井祐仁さん

写真左から、LIXILやきもの工房 芦澤忠さん、同社 常滑東工場 内藤剛史さん、近江化学陶器 岩﨑信さん、由松製陶所 村田由嗣さん、アカイタイル 赤井祐仁さん

既存の建物を活かし、その建築に込められた思いや歴史を取り込むようなプロジェクトにおいて、建築空間を構成するタイルの復原は重要な要素といえる。本稿では、LIXILの復原タイルづくりに携わるスタッフや協力工場の人々の視点を通して、復原タイルの魅力と建築における存在価値を探る。

復原タイルがもたらす価値

由松製陶所 村田由嗣さん

由松製陶所 村田由嗣さん

由松製陶所 村田由嗣さん(以下、村田):
ひとくちに復原タイルといっても様々なバリエーションがあり、施主の要望や与件によって製作手法は変化します。ただ、いずれのプロジェクトにおいても、まずは復原するタイルの実物と現場を調査することが肝になります。復原するタイルに使われている原料の他、設置されている環境や経年変化の状態なども細かく調べていくのですが、多くの場合、かつて使われていた原料が現代の主流の素材ではなかったり、タイルの吸水率や耐久性は今の規格で再現しなければならないという問題が出てくる。その上で、同じ色や表情を表現するため、多くのサンプルをつくって再現度を高めていく必要があります。また、復原タイルは、その物性だけでなく、タイルを復原したいと考える施主や建築家といった人々の思いを汲み取ることも大切です。なぜ、その建築を残したいと思っているのか、タイルを復原することで何を表現したいのかを知らなければ、価値のある復原タイルにはならないと思います。

アカイタイル 赤井祐仁さん

アカイタイル 赤井祐仁さん

アカイタイル 赤井祐仁さん(以下、赤井):
村田さんの言う通り、復原タイルは、単純に同じ原料と制作方法でつくれば良いものではないのが、難しいところであり、私たちタイルづくりに携わる者の腕の見せどころでもあります。また、歴史のある建物は、タイルを含めて素材が経年変化しているのが普通です。建物が竣工した時の状態で復原するのか、それとも既存の経年変化した状態で復原するのかで、必要な処理は異なります。当社が携わった『東京駅丸の内駅舎』の外壁タイルの復原では、施主からの要望で、タイル製作に関する情報をすべて数値化して、将来、数十年後に再び復原作業が必要になった時にも使えるデータを蓄積しました。東京駅では、既存のタイルを残しながら、部分的に復原タイルを施工したため、既存との差がでないようにする必要があり、更に施主から“手触り”も同じように復原してほしいと要望されました。先述の通り、当時とすべて同じ原料を使うことはできない状況で、色や手触りを表現するためには、詳細な数値とともに、熟練の職人の経験や手仕事が活きてきます。焼きを入れる前のタイルの角をあえて指でなぞってみたり、オリジナルのタイルが作られた当時と同じように人の手が加わることも重要なポイントだと感じます。

既存のタイルが製造された当時の手法や原料の他、色むらや経年変化の再現も求められる。

既存のタイルが製造された当時の手法や原料の他、色むらや経年変化の再現も求められる。

村田:
プロジェクトによっては、本職の職人ではない人が仕上げた建物の復原もあります。「新築のタイルの施工」であれば、施工の精度や美しい仕上げが求められますが、「復原タイルの施工」では、完璧でないものの味わいや意味を表現すべき場面もあり、そのタイルを施主に喜んでもらえる瞬間が一番幸せです。

復原タイルという“新しいタイル”がつむぐストーリー

近江化学陶器 岩﨑信さん

近江化学陶器 岩﨑信さん

近江化学陶器 岩﨑信さん(以下、岩﨑):
復原タイルの特徴として、人の手が加わったことによる、良い意味での色や表情のばらつきを表現している点もあると思います。当社が携わった『早稲田大学 大隈講堂』の復原では、当時のタイルがどこの工場で作られたか、どこの山から材料を採ってきたかなどを調査し、その山の地層を切り取ったようなマーブル模様や、表面のスクイーズ加工を表現しました。そして最後にタイルの四方に指でつまんだ跡をつけました。これは、当時の工場で、まだ土が柔らかい状態のタイルを職人が手で運んだ時についた、意図していない跡です。また、釉薬によって生まれる質感や色の濃淡などは、計算して簡単にできるものではないため、工場でいくつものパターンを試していきます。そこから更にエイジングをかけるなど、復原の現場に馴染むタイルをつくるためには、本当に様々な要素を取り込んで表現しなければなりません。ただ似たものをつくるのではなく、復原である以上、原料や色、質感、作り方に至るまで徹底的に研究して、形にしていく責任があると思っています。

LIXIL常滑東工場 内藤剛史さん

LIXIL常滑東工場 内藤剛史さん

LIXIL常滑東工場 内藤剛史さん(以下、内藤):
人の手仕事やそういった不確定要素をいかに効率的に製作できるかが復原タイルの難しさですよね。特に大型の建築の復原では、数多くのタイルが必要になり、コストやスケジュールを考えると、昔のように一つひとつ人の手で仕上げていくのが難しい場面にも直面します。原料や作り方の分析は、X線を用いた機器など、現代の技術を使って細かくデータにできるため、機械を使ってできるところ、人でなければできないディテール、計算できない表情などを考慮しながらLIXILの復原タイルという商品として成立させていきます。そして、それはこれまで当社が培ってきたタイルづくりの経験が活かされています。

LIXILやきもの工房 芦澤忠さん

LIXILやきもの工房 芦澤忠さん

LIXILやきもの工房 芦澤忠さん(以下、芦澤):
復原タイルの色や質感にどこまでこだわれるかと、内藤さんの言うコストバランスは常に課題となる部分だと思います。ただ、復原タイルを選ぶ時点で、そこには施主の強いこだわりがあり、私たちタイルづくりに携わる人間もできるだけ応えていきたいと思っています。私が所属している「やきもの工房」は、タイルを始めとする焼き物を研究する組織です。工場のように大量生産はできないのですが、手作りなどを中心に、小ロットのタイル製造を行なっています。私たちが携わった『東京都庭園美術館』の復原タイルは、独特な布目と釉薬の色合い、90年以上の時間によって経年変化した表情を表現することが求められました。施主が既存の建築やオリジナルのタイルへの思い入れを感じながら、その空間に溶け込んで違和感のない復原タイルを目指して、釉薬による表現とブラスト加工によるエイジングで、一つひとつ手仕事で仕上げていきました。

復原タイルは、既存のタイルの色合いや質感を表現しながらも、今の建築現場に合った機能性を持たせる必要がある

復原タイルは、既存のタイルの色合いや質感を表現しながらも、今の建築現場に合った機能性を持たせる必要がある

赤井:
私は部分的な復原のプロジェクトで、経年変化による“汚れ”を再現してほしいというオーダーを受けたことがありました。すごくキレイな汚れではなかったですが、それがその建物の味わいや歴史を表しているものであり、ピカピカで美しく、一定の品質が求められる標準的なタイルとは違う視点のものづくりであることを改めて感じましたね。

岩﨑:
赤井さんのいうように、汚れや経年変化を復原することは、均一な製品づくりがもとめられる現代のタイル製造とは逆行するものづくりかもしれません。また、質感だけでなく、タイルの成形段階でも、当時のやり方だから生まれる細かなディテールがあったりして、わざわざそれを表現することは、今となっては効率的な手法ではないことが多い。復原タイルは、現代的な建築の現場から見れば、デメリットと言える要素も含んでいますが、一方で、それを上回る付加価値があるからこそつくる意味があります。そこにあるストーリーを施主や設計者と共有していくことで。復原の過程そのものにも価値が生まれていくのではないでしょうか。

芦澤:
皆さんが言う通り、復原タイルはカタログ掲載品よりも手間がかかるものです。原料や質感を研究し、既存のタイルを再現しながらも、施工しやすい仕組みやLIXILの基準をクリアする耐久性を確保するなど、ある意味で復原タイルという新しいタイルをつくっていると言えるかもしれません。

座談会風景

座談会風景

内藤:
近年のSDGsを始めとする、サスティナブルなものづくりが見つめ直される中で、昔の手法が今のものづくりの現場にそぐわないこともある。しかし、復原タイルは時代に逆行するものではなく、素晴らしい建築に寄り添い、未来へとつながっていく存在となるものだと思います。デジタルを始めとする最新の技術、そして私たちや協力工場の皆さん、熟練の職人さんたちの知見をつむぎながら、復原タイルが歴史や文化、経済的にも価値のあるものへと進化するように、プライドを持って取り組み続けたいですね。

復原現場の紹介

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