「本当にあのころは無我夢中でした…… 」
そう言って冨田は、初代「サティス」の開発当時を振り返った。世界最小のタンクレストイレの開発は99年にスタートした。当時冨田は33歳。開発者として脂が乗っていた頃であった。
開発するのは、水洗タンクのない、いわゆる“タンクレストイレ”
当時、家造りにおいてトイレはあまり重要視されていなかった。一方で、私たちの生活では欠かせない場所であり、トイレでホッと一息つく人も多いのも事実。であれば、もっと快適な過ごしやすい空間にするべきではないのか?しかし、日本の住宅事情を考えると、十分な空間を確保することはできない。
そこで目をつけたのがトイレの大きな貯水タンク。もし、この貯水タンクをなくすことができれば、トイレ空間にはゆとりが生まれ、トイレの価値を変えることができるかも知れない。タンクレストイレの開発は大きな転機となるはずだ。
「水圧だけで洗浄するトイレ。技術的には何とかなると確信していましたが、初めての製品化ということもあり、責任は重大だなと…」
一方で、“今までにない”物を作ることは開発者の醍醐味。特に冨田はその思いが強かった。
“トイレの価値を変える”
冨田は、大きな使命を背に開発をスタートさせた。
普通のシャワートイレの開発では、既存の商品にどんな機能を追加するのか考えるのが出発点だが、今回は全く新しい商品であり、“どんなトイレを作りたいのか”を、開発スタッフたちと徹底的に話し合うことから始めた。
それは、まずは理想のトイレ像を掲げて、それに見合う形状や機能を開発していく。これまでにない、戦略的なやり方であった。休日返上で議論を重ね、掲げたコンセプトは
「世界最小、満足最大」+「トイレを応接間に」
世界最小として目指したサイズは、壁から便器の先端まで700mm。一般的なトイレの全長が760mmだから、単純計算では60mmの縮小だ。しかし、単に数字や競合への勝負にこだわったからではない。
「タンクを無くすことでトイレをより小さくし、トイレ空間そのものを広くて快適なものにしたかったんです。議論の末、僕らが目指すべきは単なる高機能トイレではなく、トイレのある心地よい空間の創造だと気付いたからです」
快適なトイレ空間こそお客様の満足につながる。商品名のSATIS(サティス)は、「Satisfaction=満足」から名付けられており、お客さまの満足を最大限かなえる商品を作ろうという思いから、開発はスタートしたのである。
プロジェクトチームには、便器本体の構造設計などを担う「衛生陶器部門」、暖房便座やシャワー洗浄、そしてタンクの代わりに水圧だけで水を流すバルブなどトイレの電子機器部分の開発を担当する「機能部門」、そして、理想の商品の形に仕上げる「デザイン部門」の3部署から、精鋭たちが集められた。しかし、課せられた「世界最小」の命題に、当初は“意見のぶつかり合い”が続いた。
「機能部門は“もっと陶器に部品を入れてくれ”と言うし、陶器の方も“これ以上は限界。そっちでやってくれ”と言い返す。この繰り返しでした」
デザイナーも、当初はもっと丸みを帯びた形状を提案したが、角のスペースが使えなくなるので、もっとフラットにしてくれと突き返す。デザイナーもこだわりがあるから、そう簡単には引き下がらない。最終的には折れてもらうしかなかったが、
「それでも、無駄を極限までそぎ落とした美しいデザインに仕上げてきた時は、“さすがやな”と思いました」
このデザインは、結果的に、「グッドデザイン金賞」を 授かることになる。
そんな身を削るようなサイズダウンを重ねていた冨田たちに、ある事件が起こった。
“本当に世界最小なのか?”
会議の席で、冨田は上司にこう投げかけられた。せっかく発売しても、すぐに他社に追い越されるようなものでは意味がない。現時点で最小ではなく、誰も真似できない“絶対に小さい”サイズであるべき─。
冨田は苦渋の思いで、700mmから650mmへのサイズ変更を開発スタッフに伝えた。
「“いまさらか!”と口を揃えて反発されました。700mmの方向で、ほとんど動いていましたから」
重い空気がスタッフルームに立ち込めたが、しばらくして誰かが口を開いた。
“やりましょう。どうせなら、ライバルに真似できないものを作りましょう”
それは、当然お客様の満足にもつながる─。
なにより、ここまでの努力を、“いまさら”投げ捨てることはできなかった。気持ちも新たに、“冨田丸”は、挑戦の海にオールを漕ぎ出した。
紆余曲折の末、なんとか完成のめどがたった2000年末。再び、冨田丸を試練の荒波が襲った。「リフトアップ」部分を共同開発していた協力会社から、突然“このままではできない“と言われたのだ。簡単に便座部分が持ち上がり、これまで手が届かなかった便器と便座の隙間の汚れも奥まで簡単に拭き取れる「リフトアップ」機能は、掃除が圧倒的に楽になる点で、世界最小と並ぶ“ウリ”の一つだった。
しかし、冨田たちの求める寸法精度が高すぎて、期限内に量産するのが難しい。冨田は協力会社に毎日足を運んだ。リフトアップは自ら開発責任者として担当していた思い入れの強い機能であり、お客様の”満足最大”のためには不可欠な機能だと確信していたからだ。「ここまで一緒にやってきたんだから、なんとか世に送り出しましょう……最後はもう拝み倒すしかなかったですね」
そうした粘り強い冨田の交渉もあって、リフトアップ機能の搭載のめどもついた。そして2001年春。世界最小のタンクレストイレ「サティス」は誕生。世に与えたインパクトは大きかった。
紆余曲折の末、なんとか完成のめどがたった2000年末。再び、冨田丸を試練の荒波が襲った。「リフトアップ」部分を共同開発していた協力会社から、突然“このままではできない“と言われたのだ。簡単に便座部分が持ち上がり、これまで手が届かなかった便器と便座の隙間の汚れも奥まで簡単に拭き取れる「リフトアップ」機能は、掃除が圧倒的に楽になる点で、世界最小と並ぶ“ウリ”の一つだった。
しかし、冨田たちの求める寸法精度が高すぎて、期限内に量産するのが難しい。冨田は協力会社に毎日足を運んだ。リフトアップは自ら開発責
任者として担当していた思い入れの強い機能であり、お客様の”満足最大”のためには不可欠な機能だと確信していたからだ。「ここまで一緒にやってきたんだから、なんとか世に送り出しましょう……最後はもう拝み倒すしかなかったですね」
そうした粘り強い冨田の交渉もあって、リフトアップ機能の搭載のめどもついた。そして2001年春。世界最小のタンクレストイレ「サティス」は誕生。世に与えたインパクトは大きかった。
「見た目がいい、小さいから省スペースになる、リフトアップ機能が便利……いろいろお褒めの言葉をいただきましたが、“今までにないトイレ空間が作れる”と言われた時は、本当に嬉しかったですね」
そう言って目を細めた冨田。そしてインタビューの最後、今後の抱負を聞かれて、次のように力強く語った。
「これからも、お客様のために“今までにない”商品を作り出していきたい」