キッチン会議

関わりの深さが暮らしを豊かにする時間をかけてつくるキッチン

アルテック 阿部勤さん

取材 | 2016.8.30

「キッチン会議」では自分らしいキッチンを見つけ出すためのヒントを、
みなさんと真面目に、時には頭をやわらかくして話し合っていきたいと思います。
毎回コラムで話題を提供したり、建築家や専門家の意見を紹介したり、
アンケートを通してみなさんの暮らしぶりや考えをうかがったり。
さまざまな視点でキッチンを見つめながら、「キッチンの答え」を一緒に考えていきましょう。

阿部さんはご自身の持ち物にもとてもこだわりがあるといいます。
ご自身の活動を人ともの、人と空間の関係性をデザインすることだともいいます。ものへのこだわりはものと深くかかわることといいます。深くかかわることで愛着がわくのだそうです。そのことを裏付けるように、阿部さんは建ってから時間が経過した家が評価される日本建築家協会主催の「建築25年賞」を個人事務所として日建設計に次ぎ6回受賞しています。長い時間たっても大切にメンテナンスされつづけ美しく使われ続けるには、施主の建築への思いが必要です。施主が住まいに愛着を持ち続けるために、施主の気持ちに寄り添い、ものへの関わり方の深さをその過程で作り続けているのでしょう。中でも暮らしの象徴ともいえるキッチン。今回はそのキッチンについて阿部さんの視点をうかがってみました。
まずはご自宅のキッチンの写真をご紹介しましょう。阿部さんのご自宅のキッチンは多くの人々の憧れになっています。

ご自宅のキッチンはとても有名ですが、これは奥様が他界して自分で料理を作らなければならなくなった時に今のかたちにリフォームしたと言います。それまで奥様が使っていたキッチンは壁に向かって配置された独立型のキッチンだったそうです。しかし自分で料理をしながらお客さんをもてなしたり、一人で料理をして食べるとなるとそれまでの独立型キッチンでは都合が悪くなったのだそうです。そして生まれたのがこの半島型(T型)のキッチンだそうです。
ちなみに現在一般的に使われているペニンシュラキッチンという名前は阿部さんが産み出した言葉でした。

これは壁側に86.5センチの高さの作業台、調理台、ワークトップにはシンクのみ、半島型に突き出した座ったときにちょうどいい72センチの高さのキッチンにはシンクとIHを埋め込んでいます。椅子に座ってそのまま調理できるようにしたと言います。食べながら、飲みながら調理ができるようになっています。宇宙船のコックピットのようなキッチンで座ったままなんでもできます。立って洗い物をする為に壁側の高さ86.5センチの作業台、調理台にもシンクが装備されています。この半島型のキッチン、そのときに命名したのがペニンシュラキッチンという名前です。

シンクの高さ、コンロの高さ

阿部さんは、クライアントごとの料理の仕方の違いに耳を傾けるそうです。いままでの慣習にとらわれることなくその人のためのキッチンを考えるために丁寧にヒアリングをしながら設計を進めます。特にシンクやコンロの数、カウンターの高さには気を使います。先のご自宅のキッチンでも2つの高さのカウンターがあります。それは目的に合わせて作業台の高さが違うからだそうです。例えば洗うときに腰に負担のかからない高さは背の高さにも依りますが85センチから95センチが良いそうです。この高さは普通の調理作業としては悪くない高さなのですが、物を絞ったり、生地をこねたりする上から力を入れる作業や、ゴトクの上に乗せたパスタ鍋等の背の高い鍋など、中を見たり、かき回したりするには、高すぎます。本来コンロの高さはもう少し低く作るべきだとも言います。

ダブルシンク、ダブルコンロ

このようにシンクやコンロの高さや位置は使われるときのシーンによって変わります。火力を必要としさっと炒めるような料理をする時と、ことこと煮るような料理、また食事をしながらその傍で調理するというようなシーン、シンクも食材を洗う時、鍋や道具を洗う時、食べたあとのお皿を洗う時、それぞれ適切な位置と高さがあると言います。そのためにも理想的にはダブルシンク、ダブルコンロを薦めているようです。料理好きのクライアントによってはシンクもコンロも3つまたは4つというような場合もあるそうです。

火を独立させる

このようにキッチンを考え抜いていった阿部さんがもうひとつ考え続けていることが火を使う場所を独立させて三方を壁で囲むというキッチンの提案です。こういう場所を「ドラフター」というそうです。下の図面をごらんください。

火力のつよいコンロを置き、煙が出ても平気なように排気量の多いファンを直接壁に取り付け一気に外に出し匂いを部屋のほうに流れこまないようにするのです。油汚れも簡単に掃除できるような壁の素材にし、耐熱ガラスの扉を設けて匂いも部屋に出てこないようにしドラフターに直接吸気し室内の空気をすてないようにすることも考えているようです。
ダブルコンロ、さらに推し進め、ドラフターという火を使うコンロ・給排気・給排水のあるブースを独立させ作る。そうであるなら出窓のように取り付け、建築面積の増減に関わらず工事ができるというメリットもありそうです。

関わりの深さが暮らしを豊かにする

阿部さんはこのようにキッチンの使い勝手をクライアントごとに丁寧に紐解き、より使いやすいキッチンを、時間をかけて一緒に作ります。それは単に使いやすいキッチンというだけでなく、そのことを一緒に考えるという関わりのプロセスが大事なのだそうです。ものと人の関わりが深いほど、そのものは愛着がわき、そこにいるだけで楽しくなるというのです。こうした阿部さんのアプローチが人々に長く愛される建築を生み出していくのでしょう。なんでも簡単に手に入る時代ですが、あらためてプロセスを大事にしていくことの大切さを教えていただいたように思います。

いかがでしょうか。みなさんが家をつくる時、キッチンをつくる時、もっと時間をかけて作る事を楽しんでみてはどうでしょうか。

阿部勤(あべ・つとむ)
1936年東京生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業後、坂倉準三建築研究所勤務。北野邸、佐賀県立体育館、呉市民会館などの設計管理に従事。アーキビジョン、アルテック建築研究所共同主宰を経て、1984年アルテック設立。主な作品に「住宅の地 蓼科荘レーネサイドスタンレー」「賀川豊彦松沢資料館」「岡山県営中庄団地第2期」「横浜双葉学園」など。
著書に「中心のある家 (くうねるところにすむところ―子どもたちに伝えたい家の本)」(インデックス・コミュニケーションズ)、 安立 悦子と共著の「暮らしを楽しむキッチンのつくり方」(彰国社)がある。

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