キッチン会議

設計から施工まで、すべてを自分でつくる独創的であり続けるために

建築家海野健三さんの取材を通して

取材 | 2017.2.28

「キッチン会議」では自分らしいキッチンを見つけ出すためのヒントを、
みなさんと真面目に、時には頭をやわらかくして話し合っていきたいと思います。
毎回コラムで話題を提供したり、建築家や専門家の意見を紹介したり、
アンケートを通してみなさんの暮らしぶりや考えをうかがったり。
さまざまな視点でキッチンを見つめながら、「キッチンの答え」を一緒に考えていきましょう。

今回、取材した建築家海野健三さんは設計をするだけでなく、自ら施工も行うという特殊なスタイルをとっています。施工といっても業者を手配する工務店のような役だけでなく自ら製作までも行うこともするそうです。それは、自らのオリジナリティーにこだわっていくと、伝えるより自分で作った方が早くて確実だというのも大きな理由のようです。独立した35年前当時31歳の時から建築家は設計をするだけでなく自ら施工に関わるのが当然だと考えていたと言います。毎年1、2棟、設計と施工までを手がけて30年以上このスタイルで仕事をしてきています。そして今、新たなチャレンジとして箱根に工房を自作中とのこと、今年の冬は施工現場に寝泊まりして製作に没頭しています。

海野さんのユニークな仕事ぶりとその誠実な仕事には多くのファンがいます。設計も施工も一緒に行うことで施工費も安くなることも注目の理由の一つですが、それ以上に彼の作品や創造性に共感してくれているのです。安く作るのが目的でなく前例のない仕事をするために自ら施工までをせざるを得ないのです。そうした仕事の仕方は必ずしも万人受けする方法ではありません。頼みに来るお客さんも、海野さん同様、家づくりに自分も参加して作り上げていくという方が多いようです。
彼の設計への取り組み方で興味深い点は、独創的な設計ではあるものの初めから強いコンセプトがあるのでなく、設計をしながら自然に形にしていくという「自然体」という設計へのアプローチです。

石を割ってスライスしてつくった照明器具。穴の中に電球が入るようになって、光が石のスリットを通して漏れるようになっている

境界線の自作のフェンス

ものを作る上で素材は創造性を喚起するとても大事な要素です。素材の中でも特に石が好きなようです。石を自ら削り、穴をあけ、造形物をつくることもよくあるようです。事務所の中にはそうした作品や製作途中の物がたくさん置かれていました。石はとても硬いものです、あとからつけたせるようなものではありません。この一回限りの素材というのも興味の理由なのかもしれません。

素直につくる

キッチンについても伺ってみました。キッチンだけをそれほど意識したことはないといいます。キッチンは計画全体の中で自然に決まっていくものと。いくつかの作品を見ながら説明してくれました。キッチンに立ったときに何が見えるか、リビングとの関係、外との関係、人の動線などを考えていくと「その場所や形はおのずから決まる」というのです。海野さんのプロジェクトに共通する一見複雑に見える外部のかたちも内部空間の素直な設計を積み上げていくことで自然と生まれる形といいます。彼はそれらのことを「素直につくる」といっていました。多くの場合キッチンも自作するそうです。それは空間に合わせて形態も変わってくるからです。下の写真のように空間の形に合わせてキッチンの形も自然と合わせています。

キッチンカウンターは庭に面して湾曲する動線に合わせてゆるいカーブを描いている

あらゆるものや場所が創造的でありたい

海野さんの創造的でありたいという態度は、建築の空間や形態、素材といったものを超えて、建築の構造への追求にもみられます。たとえば、通常構造とは切り離された断熱材を構造体としてつかってつくる家、コンクリートの型枠に布を使ってそのかたちが仕上げになるような工法(下の写真の「石の家」の壁です)、コンクリートを団子状にしてセルフビルドで積み上げていく方法など、様々なアイデアを実験し続けているのです。
家づくりとは自らの手でつくるもの、自分の手でつくることでさらに新たな発想が生まれてきます。設計と施工は一体のものとしてあるという考えが終始貫かれています。そして空間や素材、さらに構造体までもが、自らの創造的な思考の表現となっているのです。そのためには既製のものはなるべく使わないということ、既製品からできるだけ遠のいていくことにもこだわっているとか、それによって創造性が手に入れられるのだそうです。

事務所の中にはたくさんの試作が置かれていました

これからの創作活動について。

若い頃はいろいろなものにこだわってきたけれど、今はそういう強いこだわりはなくなってきたといいます。「自然体」が大事だと。作為がなく、しっくりあった家具などで囲まれ、素直で自然体、そうした家をつくっていきたいと。往年のキャリアからでてくる言葉だと感じた取材でした。
キッチンは彼にとって個別の要素ではなく、統合されたデザインのための一つの要素に過ぎずに、あらゆるものとの関係性の中で自然と出来上がってくるのでしょう。出来上がった既製品を家に納めるのでなく、建築と一体として生まれるキッチンのあり方。自分の手でつくることにこだわる建築家。とてもユニークな活動です。冒頭に触れた今作っている箱根の工房、ここで新たな構想が生まれそして試作が自身の手で作られていくに違いありません。ぜひ完成後にもう一度取材をしてみたいと思います。

2013年 福岡県糸島市
石の家

床に使っているのは地元の石切り場で切り出されたもの。スライスしたのでなく自然に平滑な石が取れることを知り、その石が必要な量になるまで2年間の時間をかけたそうです

プロフィール
海野健三( うんの けんぞう )
建築家

1949年生まれ
東京都出身
東京理科大学 工学部 建築学科卒
1980年 海建築家工房設立
著書
ローコスト住宅のつくり方 彰国社刊

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