キッチン会議

中国北京胡同の小さなリノベーションアジアのキッチン2

建築家 松本大輔さん

コラム | 2017.7.19

「キッチン会議」では自分らしいキッチンを見つけ出すためのヒントを、
みなさんと真面目に、時には頭をやわらかくして話し合っていきたいと思います。
毎回コラムで話題を提供したり、建築家や専門家の意見を紹介したり、
アンケートを通してみなさんの暮らしぶりや考えをうかがったり。
さまざまな視点でキッチンを見つめながら、「キッチンの答え」を一緒に考えていきましょう。

今回は中国北京、古い街区の中にある小さな家のリノベーションを紹介しましょう。この家は面積18m²の家に一部ロフトを組み込んだ小さな家です。北京の街は18世紀にはほぼ現在の街区の構造を完成させていました。これらの街区は細い小道が東西に走り、その小道を胡同(フートン)と呼ぶことから今も残る古い街区を総称して胡同と呼びます。多くの住居は道路から道路までを短冊状に切って、中庭を囲んで建物を4つ配し、それが回廊で結ばれていました。そこにはひとつの大きな家族がまとまって暮らしていました。こうした家の形状を四合院といいます。中庭が一つの場合も二つの場合もあります。小さな玄関がひとつ開けられているだけで中に入ると開けた構造になっています。外の侵入者から身を守り、密集した都市で快適に暮らすための知恵だったのでしょう。
中国の大都市は、この30年都市化が一気に進み、インフラの整っていない古い街区から人々はより便利な新しいマンションに移動していきます。そしてこうした街区に地方からの移住者が住み始めるのです。今まで大きかった家を細分化して、今ではひとつの四合院の中に小さな家が増築がされ、四合院も分断されて多いところでは10世帯以上の住まいとなっています。2010年ごろにはこうした街区を壊して新しい街へと改変する動きが積極的に起こったのですが、歴史的遺産を継承する意味でも、また古い都市を再生させていくという積極的な都市計画のチャンレンジとしても建築家たちが関わるようにもなってきています。

胡同の小道の風景

北京に長く住む日本人建築家松本さんが描いた下の絵は、もとの四合院の建物とその後の増設された家が表現されています。細かく分解して住むようになった家には個別でトイレやシャワー、キッチンなどの水回りは作らず、街の中にある共同トイレや食堂などを使い、あとは簡易的な小さなキッチンで十分に機能をしています。街の中に暮らしを補完する仕組みがあるとも言えますが、そのことが住人の欲求を満たしているかは定かではありません。

松本さんの敷地、左が現在の使われ方、右側がかつての四合院の時代の配置

現在の建物の配置、細かく分断されて使われている様子がわかります。 オレンジのラインは汚水の整備のための計画図。外部の排水溝まで勾配をとって排水を行うためには隣人と協力して排水の整備を一緒にしないとできないがなかなか合意に至らず計画が進まないのが実情のよう。 松本さんの家は合意した一部の人が共同で整備を行っている。

リノベーション前の松本さん家にもキッチンはありませんでした。トイレはあったものの一般には多くの人が共同トイレを今も使っています。住まい手の松本さんは北京在住の建築家です。狭い家を工夫しながら設計を始めました。キッチンはコンクリート製で特注にされています。奥に見える光庭は、隣の家から出入りできるもので、松本さんの所有の場所ではありませんが、光を取り入れるには重要な場所です。そうした空間を共有することで、高密度な住居環境を保つことが可能にもなっています。日本の昔のような向こう三軒両隣的な近隣とのコミュニケーションはないそうですが、お互いに気を配り、少しでも快適な暮らしを実現させようとしています。このキッチンはL字につくられています。ダイニングも2人用です。コンパクトですが機能的に作られています、収納棚もすべてスライドされて奥のものが出しやすいようになっています。カウンターの上に置かれているこだわりの調味料が、料理を楽しんでいる松本さんの暮らしぶりを創造させます。

Photo:広松美佐江(Ruijing Photography)

左上:玄関からの様子。あえて屋根まで壁をつくらずに構造を見せている。時々街の中でみかける昔ながらのデザイン手法だという。
右上:キッチン越しの裏の家の中庭、光庭を見る
左下:棚が引き出せるようになっていて奥のものも使いやすくなっている。

1階

2階はロフトになっていてリビングと寝室になっている

断面図:右方向にキッチンとその向こうに光庭がある。光を反射させて明るさを確保、風も通して快適な環境を作り出している

この付近の人に聞くと多くの人が家では食事をしない。三食食堂で食事を済ますと言います。実際家のキッチンは使われている形跡はありません。特に子供がいなく、共働きが前提の中国社会では食事は作らないことは特別なことではありません。しかし近くの人がみたらこうした暮らしをどのように思うのかも興味があります。凄まじい勢いで経済成長を成し遂げている中国ですが未だ貧富の差は大きく、人々の暮らしぶりには大きな違いがあります。もちろん現代のマンションではキッチンもトイレもシャワーも普通についていますが、建築家の仕事がこうした庶民の暮らしにも変化をあたえるきっかけにもなればと思います。街全体を暮らしの舞台として使ってしまう北京の人ですがそこに自分の暮らしをもっと豊かにしていく、そんな心持ちが生まれたら随分と街は変わっていくのではないでしょうか。その時にキッチンはきっと暮らしの豊かさを作り出すおおきな契機になるのではないかとも期待しています。

松本大輔 建築家
FESCH Beijing
2006年 東京理科大学卒業
2010~2013年 UAA Beijing
2014年~ FESCH Beijing

商品の詳細はコチラ
このページをシェアする

ページトップへ