―パートナーとともにタイル職人の育成を考える―LIXIL運営のタイル職人養成校修了生が技能五輪タイル部門で金賞受賞
2022年11月、第60回技能五輪全国大会が開催されました。タイル張り職種で見事金賞を受賞されたのは、INAX建築技術専門校「IITA」(※1)の修了生でもある、正和商事株式会社(愛媛県)の山本優太さんです。正和商事はLIXILのタイル事業における長年のパートナーでもあります。
技能五輪での金賞受賞の背景には、山本さん自身の努力とタイル職人育成に力を注いだ正和商事の取り組みがありました。本インタビューでは、技能五輪金賞受賞のエピソードと、タイル職人育成の取り組みについてお話を伺います。
※1 INAX建築技術専門校(INAX Institute of the Tiling Arts)は、タイル張り技能者を養成することを目的とし、愛知県から認可を受けたタイル張りの認定職業訓練校で、株式会社LIXILが運営している。また、全国のLIXIL流通店やタイル工事会社等で構成されるINAX建築技術専門校協力会が運営に協力している。
2023年度(35期)秋組の募集が2023 年4 月1 日(専門校協力会へ未加入の場合は2023 年5月1日)から開始となります。入校をご検討いただいている皆様は、下記リンクよりお早めに資料の確認をよろしくお願いいたします。
https://iitablog.lixil.co.jp/
正和商事株式会社の方々 写真左から 執行役部長 池田 徹さん、代表取締役社長 門屋 早人さん、松山営業所 三課 山本 優太さん、代表取締役会長 古家 正一さん、松山営業所 三課 係長 梼山 英二さん
「タイル職人」との出会い
——山本さんがタイル職人になったきっかけは何ですか?
山本さん:高校在学中に受けた正和商事とIITA主催のタイル出前授業がきっかけです。当時はタイル職人に全く興味がなく、タイルが何かも知らなかったほどでした。そんな中、出前授業で実際にタイル施工の実習を受けたことで興味が湧き、様々な縁も重なりタイル職人を目指すことになりました。
——タイルの出前授業の内容や目的を教えてください
古家会長:正和商事では近年、タイルの売り上げ低迷が大きな課題となっていました。この現状を打開するため、社内でタイルプロジェクトを発足しました。タイル業績低迷の原因の一つに、職人の高齢化による職人不足が挙げられます。そこで、職人の育成をタイルプロジェクトの軸として、全社を挙げて取り組むことにしました。若い人材を確保する目的で、IITA協力のもと係長梼山の出身校でもある松山聖陵高校でタイル施工の出張講座を打診しました。これが先述したタイルの出前授業です。それをきっかけに入社してくれた第一号が山本さんです。山本さんの当時の担任は、梼山の恩師だったこともあり、正和商事の夢を叶えてくれるのは山本さんしかいないと不思議な縁を感じました。運命的な出会いだったと思っています。
正和商事株式会社 松山営業所・山本 優太さん
正和商事株式会社 代表取締役会長・古家 正一さん
——山本さんが正和商事に入社後間もなくIITAに入校した背景は?
梼山係長:これまで、タイル張りの技術は現場で覚えるというのが主流でした。現場で学ぶ技術は必ずしも新しいものとは限りません。古い技術が更新されず、自己流の方法で施工していることも少なくないのです。そうしたことで、タイルが落ちるなど施工上の問題が生じることもあります。
古家会長:その点専門校であれば、正しい知識と技術が身に付くと考えました。さらに建築全般のノウハウを学ぶこともでき、タイルにとどまらず豊富な知識を持つ職人が育成されます。山本さんにIITA入校を薦めるにあたり、実際に足を運び学校の在り方や現状を確認しました。そこで感じたのは、企業とIITAが一体となり職人育成を行うことで、タイル業界の未来が開けるのではないかということです。職人不足を解決する大きな一歩になると確信し、山本さんの入校を後押ししました。
——IITAに入校して感じたことは何ですか?
山本さん:IITAでは、住んでいる地域や勤めている会社など異なるバックグラウンドの訓練生たちと一緒に一年間訓練を行います。まだタイル職人になって日が浅い者同士のため、悩み事など相談しながら進められる安心感があると同時に、競争心がエネルギーとなり、切磋琢磨しながら成長できる環境がよかったと思います。
山本さん後ろの横断幕には、多くの人から寄せられた応援メッセージが書かれている。
これまでの努力と周囲のバックアップが技能五輪での金賞に繋がる
——技能五輪に参加した経緯は?
古家会長:山本さんはIITA修了後ほどなくしてタイル張り技能検定試験2級に合格し、愛媛県知事賞を受賞しています。その賞をきっかけに愛媛県のタイル協会から技能五輪出場の話をいただきました。
山本さん:IITA在校中、修了生の先輩が技能五輪のために泊まり込みで練習に来ていたのを見て、技能五輪の存在を知りました。実際に競技会場へも足を運び、レベルの高い技術を目の当たりにし、心が動かされました。自分もいつか技能五輪に出場して一番を獲りたいと漠然と思うようになりました。そしてIITAを修了し2級を取得した後、運よく出場の話をいただき、良いタイミングが重なりました。会長含め会社の皆様が背中を押してくれたことで最終的に参加の決意が固まりました。
——技能五輪当日までどんな取り組みをされていましたか?
山本さん:大会の半年ほど前から練習を開始しました。しかし、課題が発表されるのは本番2ヵ月前なので、初めはどのような練習をすればいいか分かりませんでした。競技では現場で使わないような技術が必要です。過去の課題の傾向から自分なりの予測を立て、一つのことに絞ってひたすら練習をすることにしました。練習量は誰にも負けないという思いで、仕事が終わった後は毎日練習を行いました。本番前の2週間は休暇をいただき、時間配分を細かく確認しながら一日中練習をしていました。このように大会に向けて準備を整えていただいた会社には本当感謝しています。正和商事というよい環境の会社だったからこそ、このような挑戦ができたと感じています。
古家会長:山本さんの進む道が正和商事の進む道だという気持ちで、会社全体で彼をバックアップしました。IITAの元講師の方も競技のための技術を熱心に指導してくれましたし、山本さんには本番2週間ほど前からは、練習に専念できるよう休暇を取ってもらい、会社を練習場にするなどの環境を整えました。先輩たちからの厳しい指導も素直に課題として受け止め乗り越えていく姿勢が印象的でした。
山本さんには正和商事の夢を託していると語る古家会長。
——タイル張り職種とはどのような競技ですか?
山本さん:タイル張り職種は2日にわたり開催される競技です。指定された寸法に応じた必要なタイルの枚数を算出し、時間内に手順よく、且つ丁寧に切って張ることが求められます。今回は千葉県開催ということで、チーバ君の形の切りものタイルがありました。現場で施工するタイルとは異なり、細かくて複雑な加工です。競技中にふと周りを見ると、自分より進んでいる選手たちが目に入り焦りを感じましたが、ペース配分を緻密に練習してきたことで、周りのペースに乱されることなく作業に集中することができました。今回、自分が予測した傾向と対策に運よく課題がフィットしたことも勝因の一つにあったと思います。
今大会の課題について話す山本さん。壁2面・床1面の合計3面を、墨出しから行い仕上げるものだという。
——技能五輪を終えてどのようなことを思いましたか?
山本さん:結果を聞いて、うれしいと同時にほっとしたというのが正直な気持ちでした。これまで必死にやってきて良かったと心から思いました。今回、会社の応援がなければ金賞には届かなかったと思います。サポートしてくれた方々に感謝しています。
門屋社長:高齢化による職人不足が深刻な中、山本さんのような若い職人は卸業者の希望です。山本さんが技能五輪金賞という素晴らしい賞を獲得したことで、若い世代の人がタイル職人に興味を持つきっかけになったと思います。タイル市場を盛り上げたいというみんなの思いを背負い頑張ってくれたことをとても嬉しく思っています。
タイル職人育成への取り組み
正和商事株式会社 代表取締役社長・門屋 早人さん
正和商事株式会社 松山営業所三課係長・梼山 英二さん
——職人の育成についてどのように考えますか?
古家会長:タイルの市場は以前に比べ縮小傾向にありますが、仕上げ材における嗜好品としてのタイルの需要は増えているように感じます。嗜好品とは、つまり壁紙クロスのように多くの箇所、大面積で採用される傾向は減るが、タイルの質感や機能などに価値を見出し、こだわりと予算を投じて採用される仕上げ材という意味です。しかし、施工する人がいなければ市場は成り立ちません。若い人材が増えなければ、ますます職人の高齢化は進み、職人不足からタイルが市場に出回らない悪循環に陥る一方です。そんな悪循環から脱却するためにも若い職人を育成することがとても重要だと考えています。
——職人育成に対するIITAの役割はどんなことだと思いますか?
山本さん:現場は技術を覚えることが優先されてしまい、知識は後から付いてくるものになってしまいがちです。また、現場は厳しい環境でもあるため、途中で挫折してしまう人が多い現実があります。一方IITAでは、基礎知識からしっかり学ぶことができるので、タイル職人としての自信がつきますし、タイルの楽しさを実感することができます。
門屋社長:若い人が入社してくれても昔ながらの親方の下では続かなく、思うように育成ができない状況にありました。師弟関係ではない仲間たちと一緒に技術と知識を学ぶことができるのは、専門校ならではです。IITAで学んだことを会社に持ち帰り、後輩の育成にあたる。年齢の近い先輩が指導すれば、若い職人のモチベーションは上がります。そうやって良い連鎖が生まれ、タイル職人が増えることを期待しています。
松山営業所に掲げられた垂れ幕は、お得意様から金賞受賞のお祝いにいただいたもの。
正和商事が目指すタイルの今後
——今後の取り組みや展望を教えてください
古家会長:タイル職人を増やすことにさらに力を入れていきます。現在は松山聖陵高校のみで出前授業を行っていますが、今後は岡山、北九州など範囲を広げ、一人でも多くの人にタイル職人に興味を持ってもらえるような働きかけをしたいです。また、現在の職人不足の問題を解決するためには、職人が働きやすい環境を整えることも重要な要素だと考えます。早朝出社など負担になっている部分を改革したいと思い、仕組みづくりを考えています。
門屋社長:魅力的な製品や簡易的な工法などの新しいものを生み出すなど、LIXILさんには、ますますタイルに力を入れてほしいと思っています。そのうえで我々はタイルを販売し、確かな技術を持つ職人が責任を持って施工を行います。そうやってメーカーと卸業者が協力し、タイル市場を盛り上げていきたいです。
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