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INAX presents TILES ON THE PLANET
タイルの世界 イギリス編VOL.2
2つの邸宅。2つのタイルの世界観ロンドンのハートフォードハウス、ピーコックハウス

イギリスでは産業革命後、タイル生産の工業化がすすみ、
また一方で手仕事の復興をうたうアーツ・アンド・クラフツ運動が活発になった。
その時代を象徴するような2つの邸宅を紹介する。

ハートフォードハウスのスモーキングルーム

ハートフォードハウスのスモーキングルーム。壁にはオリジナルのミントン社製のタイルが張られている。

工業化へと進む時代の名残のタイルを追う

 イギリス、ヴィクトリア朝(1837~1901年)はタイル史上、重要な分岐点である。それはタイル生産が初めて工業化されてゆく革新に富んだ時代。またその一方でアーツ・アンド・クラフツ運動のような手仕事を復興させようという動きが活発になった時代でもあった。
 当時の貴族の邸宅は瀟酒しょうしゃというだけでなく、VOL.1でご紹介した「レイトンハウス」のようにあるじの生き方と趣味を反映する独自な空間表現が多い。そして装飾にしばしばタイルが使用されている。そこで今回は、ヴィクトリアン・タイルのロンドンにおける例2つをさらに追ってみたい。
 はじめに向かった先は、ロンドンのマンチェスター・スクエア。ここに、18世紀後半にマンチェスターハウスとして建設された館、後のハートフォードハウスがある。ハートフォード侯爵は美術蒐集家として知られた人物。館は、四代目のウォレスによる改築によって、1870年にほぼ現在の姿に完成する。一族が収集した美術品の数々が「ウォレスコレクション」として公開されるのはレディ・ウォレス没後の1900年のことである。
 「レイトンハウス」と違って、「ハートフォードハウス」のインテリアのタイル使いは一部に限られている。とはいえその「部分」こそ、タイル好きにとっては見逃すことのできない、1階東翼のスモーキングルームなのである。

ハートフォードハウスのファサード

ハートフォードハウスのファサード。

「ウォレスコレクション」が展示される館のインテリア

「ウォレスコレクション」が展示される館のインテリア。

タイルはオリエンタル趣味の斬新な表現

 さて、スモーキングルームとはかつて、晩餐のあとに紳士のみが集って紫煙をくゆらせながら政治談義などを交わした部屋のことだ。当時は、ヴィクトリア女王の夫君であったアルバート公や皇太子が愛煙家だったため、喫煙が流行したとも言われている。
 ハートフォードハウスの場合、スモーキングルームの壁面に、イングランドのミッドランド西部に位置するストーク・オン・トレントでつくられたミントン社製タイルがびっしりと張り巡らされていた。それは当時のオリエンタル趣味の斬新な表現だった。スモーキングルームに先端のプリントタイルが活用されたのは、清潔を保つ実用性と華やかな装飾性を兼ねた興味深い例である。
 現在はその一部しか残されていないが、トルコ風の草花のパターンが繰り返される室内で、社会的な実権を握る男たちが社交する姿を想像してみたい。

左:現存するタイル張りスモーキングルームの一画。 右:当時の先端技術でプリントされたミントン社製のタイル。

左:現存するタイル張りスモーキングルームの一画。 右:当時の先端技術でプリントされたミントン社製のタイル。

改修以前のスモーキングルームには全壁面にタイルが張られていた

改修以前のスモーキングルームには全壁面にタイルが張られていた。(c)By kind permission of the Trustees of the Wallace Collection, London

アーツアンドクラフツの手のゆらぎのなかへ

 そしてもう一軒、忘れるわけにはいかない存在がある。デべナムハウス(1906年)である。ピーコックハウスの名でも知られるこの邸宅は、デパートのオーナーとして成功したアーネスト・デべナム(1865ー1952年)の邸宅だ。
 館の設計はアーツ・アンド・クラフツの建築家ホールセイ・リカード。特筆すべきは、外壁に内壁に、ウィリアム・ド・モーガン(1839-1917年)のタイルが惜しみなく使われていることだ。ド・モーガンはアーツアンドクラフツ運動のデザイナー。友人であるウィリアム・モリスの「モリス商会」のため、タイル、ステンドグラスなどを数多く手掛けている。
 リカードはド・モーガンがフラムに工房を移してからのビジネスパートナーであり、そのためド・モーガンが陶芸の仕事を手放す直前に、そのタイル・ストックを確保することが可能だった。ハンドメイドタイルの味わいは奥深い。そこには、ハートフォードハウスを彩ったタイルのファッション性とはまた別の次元の表現がある。
 ピーコックハウスはいわば、ド・モーガン・タイルの最後の結晶のようなものだ。館の竣工は、モリスの死後10年、ヴィクトリア女王逝去の5年後にあたる。ピーコックハウスのターコイズブルーのタイルは、ヴィクトリア朝とアーツ・アンド・クラフツ運動の終わりを告げるかのようなシンボリックな作品となった。

デべナムハウス
上:工芸品のようなピーコックハウス室内。下:中央壁上部は、通称「ピーコックハウス」の由来ともなったド・モーガン製作の鮮やかな草花文タイル。

上:工芸品のようなピーコックハウス室内。下:中央壁上部は、通称「ピーコックハウス」の由来ともなったド・モーガン製作の鮮やかな草花文タイル。
2点、Photo © Grzegorz Lepiarz

ド・モーガンの妻で画家のイヴリンが描いた「ラスター彩の花瓶を持ったウイリアム・ド・モーガンの肖像」

ド・モーガンの妻で画家のイヴリンが描いた「ラスター彩の花瓶を持ったウイリアム・ド・モーガンの肖像」。Evelyn De Morgan
“Portrait of William De Morgan holding lustre vase”,1909

取材・文/田代かおる 写真/梶原敏英(特記クレジット写真をのぞく) 編集/アイシオール

この記事は『コンフォルト』(建築資料研究社)に掲載された「INAX presents TILES ON THE PLANET」の2009年6月号掲載分の再構成です。

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