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ものづくりLAB

INAX presents TILES ON THE PLANET
タイルの世界 イギリス編VOL.4
産業革命の聖地を彩るタイルアイアンブリッジ、ジャックフィールド・タイル博物館

産業史のはじまりのシンボルとして教科書で学んだアイアンブリッジの誕生。
実は、産業革命の聖地は同時代にタイルの発展とも深い関係を結んでいました。
峡谷近くの集落ジャックフィールド村にタイルの博物館を訪ねます。

産業革命のシンボル、アイアンブリッジことコールブルックデール橋(2019年の修復で橋は元来の赤褐色に塗り替えられた、写真は2009年)。

産業革命から生まれたタイルのパノラマ

 イギリス、シュロップシャー州、セヴァーン川に架かるコールブルックデール橋。峡谷に架かる橋は小ぶりだが、この鉄の構造体こそ、1779年に世界で初めて建設された鋳鉄の橋、近代史を刻むアイアンブリッジだ。
 18世紀初頭、鉄鋼石が採掘される峡谷で製鉄業を営んでいたエイブラハム・ダービー1世がコークス製鉄法を実現し、後に3世がアイアンブリッジを建設したと世界史の教科書で学んだことを思い出す。この産業革命の聖地が、タイルの歴史とも深い関わりを持っているという。向かったのが、アイアンブリッジ峡谷周辺の集落の一つジャックフィールド村だ。
 原料の粘土に恵まれた一帯は、1870年代から1930年代までレンガとルーフ・タイル、そしてヴィクトリア朝の装飾タイルの生産地として名を馳せ、イギリス全土に製品を出荷するまでに発展した。1874年にイギリスにおける最新の設備を備えたクレイヴン・ダンニル社の工場が完成。さらに、1883年にモウ社が近郊に設立した新工場は、当時、世界最大規模を誇ったという。イギリスにおける陶磁製品といえばまず名の挙がるストーク・オン・トレントに匹敵するほどの生産地だったというから驚きだ。クレイヴン・ダンニル社の跡地を再利用したジャックフィールド・タイル博物館では、その華やかなタイルの表情と歴史を知ることができる。

左:ジャックフィールド・タイル博物館エントランス。 右:修復された工場の一画。

工業化と手仕事。ヴィクトリアンタイルのはざまの魅力

 クレイヴン・ダンニル社は1950年代初めに製造業から撤退し、工場を鋳物製造会社に売却したが、その後1983年にアイアンブリッジ峡谷博物館トラストが同工場を購入し、長い年月をかけて修復したのがジャックフィールド・タイル博物館だ。2000年にはクレイヴン・ダンニル社による特殊タイルの製造も再開されるようになった。つまりここは、現在も生産が行われている生きた博物館なのである。
 外壁のレンガには簡素な美しさがあるが、内部へと入れば、そのめくるめくヴィクトリアンタイルの装飾世界に一気に引き込まれる。圧巻は再現されたショールームだろう。いわば大量生産の時代を予見する商品プレゼンテーションの原形のようなもので、当時の先端技術を駆使した製品や流行の柄のタイルを、いかに魅力的に見せるかという工夫のもとに陳列されていたことがわかる。

左:再現されたクレイヴン・ダンニル社ショールーム。
右:タイル装飾のあるマントルピースは盛んにつくられた。

ミュージアム2階にあるヴィクトリアンタイルのサンプルのディスプレイ。

クレイヴン・ダンニル社、モウ社をはじめとする、イギリスを代表する名窯タイルの紹介も。

3次元タイルなどで装飾された19世紀末のパブのインテリア(復元)。

近代ものづくりの原点を発見

 博物館は、クレイヴン・ダンニル社の製品に限らず当時生産されていた多様なタイルを概観できるだけでなく、タイルで装飾された空間を体験できるのが魅力だ。エンコースティック(象嵌)タイルで床と壁面が装飾された教会、住宅の暖炉まわり、パブや肉屋、そして小児病棟のカラフルな壁面など、タイルを駆使した多様なインテリアが再現され、ちょっとしたタイムスリップ感が味わえる。博物館に近いフレンチゴシックスタイルのセント・メアリーズ教会も、エンコースティックタイルがふんだんに使われ、いまでも教会として大切に使われている。
 19世紀から20世紀へ、手工業から蒸気動力を利用した生産、そして製作機械の発展による量産へ……。タイルの辿った歴史は、製鉄の発展とも深く結びついている。それを示そうと、アイアンブリッジ峡谷博物館トラストは、タイルを単なる意匠パターンとして提示するのではなく、人類が辿った技術史の観点からの展示を試みる。産業革命の発祥地であり、歴史のアーカイヴに長けたイギリスらしいアプローチ。それは近代のものづくりの歴史の原点を知ることだ。

上2点:クレイヴン・ダンニル社やモー社のタイル。下:ウィリアム・ド・モーガンのタイル。

ショールームの横にあるタイル張りのトイレ(現在は使用されていない)も見どころ。

左:ジャックフィールド村に1863年に完成した、フレンチ・ゴシックスタイルのセント・メアリーズ教会。
右:教会の床と壁面の一部は、当時流行したエンコースティック(象嵌)タイル。タイル製作はモウ社が行い、後に欠損したタイルをクレイヴン・ダンニル社が補充した。

取材・文/田代かおる 写真/梶原敏英 編集/アイシオール

この記事は『コンフォルト』(建築資料研究社)に連載された「INAX presents TILES ON THE PLANET」の2009年12月号掲載分の再構成です。

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