宇式伸介さん、菜穂子さん夫妻 水と暮らしの関わりを
インタビュー!

「いつかは小さなB&Bをやってみたい」
そんな思いと共に
葉山での暮らしは始まりました

宇式伸介さん株式会社Voyagers 代表取締役
宇式菜穂子さん株式会社Voyagers ディレクター

宇式伸介さん、菜穂子さん夫妻
インタビュー前編

神奈川、葉山。ヨットやサーフィン、釣りや磯遊びなど、思い思いのマリンアクティビティを目的にした人たちが行き交う海沿いの道を車で走って行くと、レストランThe Gazeboが現れます。フィッシュ&チップスを名物としたカジュアルダイニング。地元住人の胃袋を掴み、拠り所として愛されるこの店を営むのが、宇式伸介さん、菜穂子さん夫妻です。

レストランThe Gazeboから車で10分。同じ葉山町でも、店のある地域は昔からの和菓子屋や雑貨店、カフェやレストランが並ぶ海辺の小さな商店街、住まいがあるのは少し歩けば緑深い山道となる自然豊かな住宅地だ。玄関先のウッド張りのラナイに立つと、真夏の日差しが遮られ、心地よい風が通り抜ける。まるでカリフォルニアかハワイのカントリーサイドにある一軒家を訪れたような気分だ。キッチンとリビングダイニングがシームレスにつながった2階は天井が高く、その横に広がるベランダの先、家々の屋根の向こうに海が見え、富士山のシルエットが浮かんでいた。

二人三脚でこなすデュアルワーク

家が完成したのが2012年1月。それと同時に都内から葉山に移り、その5ヶ月後にThe Gazeboをオープン。この土地に親しんで10年目になるふたりは、実はレストラン経営のほかに日本各地の小規模な宿泊施設のコンサルティング業務なども行なっている。つい先月も北海道、上士幌町に開店したカミシホロホテルの立ち上げを手がけてきたばかり。葉山の人気ダイニングを切り盛りしながら、二人三脚でデュアルワークをこなす伸介さんと菜穂子さん。そのユニークなキャリアと生き方はとても興味深く、ハッピーで明晰な人柄とその話に思わず笑顔で引き込まれてしまう。

二人三脚でこなすデュアルワーク イメージ1

大学時代の同級生だった伸介さんと菜穂子さん。旅が大好きだったふたりは、いろいろな土地を訪れ様々な宿に泊まっているうちに、個人で営むB&Bに心惹かれるようになる。「いつかはこういうことをやれたらいいよね」と、互いに話していたと言う。大学卒業後、伸介さんは車を扱う会社、船のインストラクター、マリンアクティビティの営業として働いたのち、MBAを取得。菜穂子さんは商社に就職し、輸入、貿易と営業の仕事に携わっていた。それぞれの仕事に打ち込みつつも、「ゆくゆくは小さなB&Bを」という気持ちを抱いていたふたりに、大きな転機が訪れた。

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組織で経験を積んできた「未経験者求む」

2006年、革新的な経営で日本のホテル業界に新風を巻き起こしたリゾート運営会社が社員を募集。「未経験者求む」というセンセーショナルな募集要項に飛びつくように、まだ結婚前だったふたりは別々に応募し、それぞれが採用となり、軽井沢に住むことになる。伸介さんは、フレンチレストランやホテルなど現場でのサービス業務を経て、新規施設の立ち上げの部署へ。菜穂子さんは、海外マーケティングとセールスの部署で働いた。30歳という年齢での転職。同じ時期に中途入社した仲間もまた、30代から40代。6大商社、世界規模で展開するコーヒーのチェーン店、書籍にはじまりエンターテイメントとカルチャーの総合施設を運営する会社、事務用品を中心に通信販売を行う会社、不動産ディベロッパーなど、さまざまなキャリアをもつメンバーだった。

組織で経験を積んできた「未経験者求む」 イメージ1

「私たちの役割は、スピード感とその会社ならではのユニークネスを緩めることなく、社内の『組織』をつくることだったのだと思います」と菜穂子さんは当時を振り返る。「ホテル業界とは」という古い概念にとらわれない、ある程度大きな組織で経験を積んだ「未経験」のこの世代が入ることで、急成長をしていた会社のそのフェーズが支えられた。ホスピタリティ溢れたサービスが話題となり、ドメスティックなリゾート運営企業として飛躍的に知名度が上がった時期でもあり、モチベーションの高い若い人材が多く入社した。そんな若手の育成から、彼らが組織の中でどう成功体験をつんでいくかという道筋を立てるといった現場でのマネージメントも含め、その役割が中途で採用されたメンバーに求められたのだと。

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ホテル業界での経験が今を導く指針に

「とても刺激的な職場でした」と語る菜穂子さん。「できない理由を探すのではなく、どうしたら達成できるかを考える」ということを叩き込まれた。そこで彼女が学んだのは、「プライドをもって接客業に携わること。臆することなく世界でチャレンジすること」だった。一方、伸介さんは、正統を重んじる業界で自由な意見が活発に交わされ、他業界の良い部分を取り入れたミックスカルチャーをよしとする社風に身を置いた経験から、「古き良きものと、新たなる挑戦の両方を経験することができて、宿泊施設の価値にはまだポテンシャルがある」と実感。特に地方創生への思いが強まった。

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そこでの経験から得たストラテジーは、ふたりを導く確かな指針となった。6年の月日を経て2012年に独立。長年の夢へと近づくための踏み出した1歩。それが葉山での暮らしであり、レストランの開業だった。宿の事業に携わってきたふたりだからこそ、いつかは宿泊施設をと思いつつも、地元との関係を大事にしないと運営はうまくいかないことを知っている。試しに飲食店から始めるという作戦、ただしまともにやっては料理一筋の他店にはかなわないから「ほかにはないもの」、ならば「日本では珍しいフィッシュ&チップスの専門店」を。ハワイへの旅で出会った味を、葉山でお箸で食べられたらおもしろいかもしれないと。

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釣り好きで魚を捌くのも料理するのも得意だった伸介さんが厨房に、冷静ながらもユーモアたっぷりなトークで客のニーズに素早く対応する菜穂子さんがフロアに立つ。狙いは見事的中し、少しずつ地元の人気を獲得していく。店は単なる食の場としてだけでなく、地元の人が顔を合わせる拠り所にもなった。

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撮影/名和真紀子 取材・文/山根佐枝 取材日/2021年8月5日
土屋由美

宇式伸介うしきしんすけ
宇式菜穂子うしきなほこ

共に1977年生まれ。
日本大学生物資源科学部海洋生物資源科学科の同級生として出会い、卒業後はそれぞれに就職しキャリアを積む。伸介さんは2006年に、菜穂子さんは2007年に星野リゾートに入社。在職中に結婚。独立したのち2012年より葉山のFish&Chips専門店「The Gazebo」を夫婦で営む。株式会社Voyagersの代表取締役とディレクターとして、小規模ホテルの管理業務、コンサルティング業務、マネージメント業務などを手がける。