「Spice+Vege+Love+HOMEkitchen 季節の野菜を中心に、カラダに響くスパイスを使ったご飯、旅先で出会った心とカラダがはずむご飯。そんな料理作りの台所でございます。ランチ、お弁当、ケータリング、どーぞごひいきに」。
カフェ「HOMEkitchen」の店長であり料理人の井上育美さんが、インスタグラムで店を紹介しているコメントは、それだけで「おいしい予感」がしてくる。その下に並んだ色鮮やかな皿の数々、ダイナミックに盛り付けられた料理たちは、食べて食べて!と言わんばかりに食欲をそそってくる。
絵を描くように盛り付けた料理

カフェのメニューは、まるでアジアを旅しているような品揃え。「スリランカカレー」、「富山牛のアジアンプレート」、「スパイシーチキンのグリルプレート」、「マッサマンカレー」。サイドにはたっぷりの野菜が添えられて、ボリューム満点。育美さんの手で作り出される料理たちは、空腹を満たすことに加えて、ワクワクする体験を提供してくれる。
富山で生まれ育ち、10代で東京へ。「コム・デ・ギャルソン」の川久保玲や「ヨウジヤマモト」の山本耀司をはじめ、各界で活躍するクリエーターを輩出した美術学校、セツモードセミナーで絵の勉強をした。本人は「抽選で入れる学校があるって聞いて応募したら受かってしまって」と冗談めかすが、絵を描くように盛り付ける料理にはその才能が生き生きと表れている。
「当たり前」が違っていた

育美さんが話す富山の言葉のイントネーションは、やわらかく耳触りがいい。取材の途中も、周りからつい笑い声が上がってしまうような人懐っこさと、独特のユーモアのセンスを感じさせる。おっとりしているようで、案外鋭く物事を捉えている聡明さは、人の心を惹きつける。そんな彼女だから、東京のクリエイティブな世界にもすっと溶け込み、自分をしっかりと持ったまま吸収したことも多かったのだろう。時はバブルの頃、周りには刺激的な人ばかりいた。雑誌や広告で活躍する重鎮デザイナーの方に可愛がってもらい、いろいろなお店に連れて行ってもらったと言う。「おいしいお肉とか、お寿司とか、食べさせてもらいましたね」。一流の味を知ることで、舌が肥やされる経験だった。
けれどそれは、富山で普通にあったおいしさとは違う世界。その頃住んでいた東京の水道水の味の話になると、「口にするのが、怖かったんですよ」と笑う。自然豊かな富山の水に慣れていたから、それは深刻な問題だった。カルキで殺菌はされているものの、水そのもののベースが違う。「蛇口をひねれば、おいしい水が出てくる」とうたわれる土地で育った育美さんにとっては、「当たり前」が違っていたのだ。
旅先で魅了されたスパイスと料理

富山に戻り、カフェでアルバイトを始めた育美さんは、もともと料理が得意なこともあり「いつかは自分のカフェを持ちたい」と思うようになる。旅が好きで、休みを利用してアジアの国を回った。ラオス、タイ、スリランカ、マレーシア、中でもタイで食べたマッサマンカレーが、「スパイス」料理へと導かれるきっかけになる。CNNインターナショナルの世界一おいしい料理ランキングで上位に入ったこのカレーは、「鶏とジャガイモと玉ねぎだけのカレーなんですけれど、なんとも言えない味わいで、どうやって作るんだろう? スパイスが鍵なのかな、など研究しました。でも同じような味を作れるようになったら飽きてしまって(笑)」。そうこうするうちに、もっとスパイスを深めたくなり、スリランカへと旅立つことにした。
「小さなホテルに泊まって、ちょうどオフシーズンで他にお客さんがいなかったから、料理人と厨房で一緒に飲んだり食べたりして、そこで料理を教わったんです。ときには市場にも一緒に」と。育美さんならではの「溶け込み方」だ。スパイスは、今もスリランカから取り寄せて使っている。

店を始める時、コンセプトは特になかった。「好きなものを作って、好きなものを出すという感じです。スパイスが好きだから、スパイスを使った料理。いろいろなカレーも作ります。何料理というのにこだわりはありません。和食でもスパイスを使うものありますしね」。
細かいところにこだわるのではなく、大きなところで揺らぎのない育美さんの料理は、富山の水がいちばんの基本にある。そしてその水をたたえた田んぼでできる富山の米も絶対だ。できる限り、地元のもの。「富山は水がおいしいから、その水でできるお米も野菜もおいしいし、その水で育った牧草を食べる牛の肉もおいしいんですよ」。ほかの地方でのイベント出店の際も、富山の水を大量に持参して米を炊き、料理を仕込む。
撮影/名和真紀子 取材・文/山根佐枝
取材日/2019年11月12日